BPSデンチャーとセントリックトレー|総入れ歯で「噛む高さ」を決める大切さ
2026年9月2日
城東区にある歯科・歯医者のしぎの歯科の院長の舩戸です。
総入れ歯をつくるとき、
「型を取って、その型に合わせて歯を並べれば完成する」
と思われている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし実際の総入れ歯治療では、歯がない状態から、
「どの位置で噛むのか」
「どの高さで噛むのか」
を私たち歯科医師が診査し、患者さん一人ひとりに合わせて決めていく必要があります。
天然の歯が残っている場合には、上下の歯が噛み合うことで、ある程度その位置を確認できます。
しかし、すべての歯を失った患者さんでは、その基準となる歯がありません。
そこで非常に重要になるのが、上下の顎の位置関係を決める**「顎間関係の記録」**です。
今回は、当院でも総入れ歯治療で取り入れている**BPS(Biofunctional Prosthetic System:生体機能的補綴システム)**の中から、「セントリックトレー」と「咬合高径」についてご紹介します。
目次
BPSデンチャーとは?
BPSとは、患者さんのお口の形だけではなく、
・顎の動き
・噛み合わせ
・筋肉の動き
・唇や頬、舌との調和
・見た目
・発音
などを考慮しながら総入れ歯を製作していくシステムです。
総入れ歯では、入れ歯そのものの形や適合だけでなく、上下の顎の位置関係をどのように設定するかが非常に重要です。
そのためBPSでは、治療の比較的早い段階から上下顎の位置関係を記録していきます。
そこで使用する器具の一つが、
「セントリックトレー(Centric Tray)」
です。
セントリックトレーとは?
セントリックトレーは、上下が一体となった特殊なトレーです。
上下のトレーに印象材を盛り、お口の中に入れた状態で患者さんにゆっくり口を閉じていただきます。
これによって、
「上顎に対して下顎が、おおよそどのような位置にあるのか」
という上下顎の空間的な関係を、治療の早い段階で記録することができます。
一般的な総入れ歯製作では、上下それぞれの型を取り、その後に咬合床という装置を製作して上下の顎の位置を記録していきます。
BPSではセントリックトレーを使用することで、初期の段階から患者さん固有の上下顎の位置関係についての情報を、歯科技工士とも共有しやすくなります。

なぜ「噛む高さ」が大切なのでしょうか?
総入れ歯をつくるうえで非常に重要になるのが、
「咬合高径(こうごうこうけい)」
です。
簡単にいうと、
上下の歯が噛み合ったときの顔の高さ
と考えていただくと分かりやすいと思います。
天然の歯があるときには、上下の歯が接触することで、この高さがある程度保たれています。
しかし歯を失うと、その基準がなくなります。
さらに長期間歯がない状態が続いたり、長年使用している入れ歯の人工歯がすり減ったりすると、本来よりも低い位置で噛んでいることがあります。
反対に、新しい入れ歯を高くつくりすぎることも問題になります。
つまり総入れ歯では、
「その患者さんにとって適切な高さをもう一度探していく」
必要があります。
咬合高径が低すぎるとどうなる?
噛み合わせの高さが必要以上に低くなると、口元がつぶれたように見えたり、口角周囲のしわが目立ちやすくなったりすることがあります。
また、十分な咀嚼機能を得にくくなったり、舌のスペースや発音などに影響したりする可能性もあります。
長期間使用した総入れ歯では、人工歯の摩耗などによって少しずつ噛み合わせが変化していることもあります。
そのため、
「今使っている入れ歯の高さ=その患者さんにとって理想的な高さ」
とは限りません。
新しい入れ歯をつくる際には、現在の入れ歯を参考にしながらも、改めて評価することが大切です。
反対に、高すぎてもいけません
では、低くなっているのであれば、高くすればよいのでしょうか。
もちろん、そう単純ではありません。
咬合高径が高すぎると、口を閉じたときに違和感が出たり、筋肉が疲れたり、入れ歯が安定しにくくなったりする可能性があります。
また、会話をしたときに上下の人工歯が接触しやすくなるなど、発音にも影響することがあります。
そのため咬合高径は、
「高い方が良い」「低い方が良い」ではなく、その患者さんにとって適切な位置を探すこと
が重要になります。
咬合高径はどのように決めるのでしょうか?
咬合高径を決める方法には、さまざまな考え方があります。
BPSでは、その一つの基準として下顎安静位を利用します。
人は普段、上下の歯をずっと噛み合わせて生活しているわけではありません。
力を抜いてリラックスしているときには、上下の歯の間にはわずかな空間があります。
これを、
「安静空隙(freeway space)」
と呼びます。
BPSのプロトコルでは、患者さんをリラックスした状態にし、鼻と顎の部分に基準点を設定して、その距離を測定します。
そして、得られた安静時の高さから約3mmの安静空隙を考慮して、まず暫間的な咬合高径を設定します。
ただし、ここで大切なのは、
「3mm引けば、その人の正しい咬合高径が自動的に決まる」ということではない
という点です。
あくまで一つの重要な基準として使用します。
一人一人、持っている骨格で高さも一定ではありません。

セントリックトレーで決めるのは「最終位置」ではありません
ある程度の指標を採得することで次の工程が非常にスムーズになりますし、技工士の方にもここで模型付着を行うことで上下顎の関係を確認できることも
非常に有意義になります。
ここはBPSデンチャーを理解するうえで、とても大切なところです。
セントリックトレーによって得られる顎の位置や咬合高径は、
最終的な噛み合わせを一度で決定するものではありません。
まず治療初期の「基準となる位置」を記録するために使用します。
その情報をもとに模型を咬合器に装着し、次のステップへ進みます。
その後、精密な機能印象を行い、さらに咬合高径を確認していきます。
BPSでは、発音や顔貌、口唇の状態なども確認しながら、最終的な高さを評価していきます。
つまり、
一つの数値だけで決めるのではなく、いくつもの情報を重ね合わせて決めていく
ことが大切なのです。
「高さ」と「前後左右の位置」は別に考える
もう一つ重要なのが、
「どの高さで噛むのか」
と、
「下顎が前後左右のどこで噛むのか」
は別の問題だということです。
咬合高径が適切でも、下顎の水平的位置がずれていれば、安定した噛み合わせにはなりません。
BPSでは、治療工程の中でゴシックアーチ描記などを利用して、下顎の水平的な位置についても確認していきます。
以前のブログでもご紹介したゴシックアーチ描記は、患者さん自身に顎を前後左右へ動かしていただき、その運動経路を記録する方法です。
つまりBPSでは、
セントリックトレーによる暫間的な顎間関係の記録
↓
機能印象
↓
咬合高径の再評価
↓
ゴシックアーチ描記による水平的顎位の確認
というように、段階的に情報を積み重ねながら、最終的な噛み合わせをつくっていきます。

総入れ歯は「歯がないところに歯を並べる」治療
総入れ歯治療の難しさは、
「基準となる歯がないところから、噛み合わせを再構築する」
ことにあります。
どこに歯を並べるのか。
どの高さで噛ませるのか。
下顎をどの位置に設定するのか。
唇をどの程度支えるのか。
どのような噛み合わせをつくるのか。
一つひとつを診査しながら決めていかなければなりません。
そのため、良い総入れ歯をつくるためには、型を精密に取ることだけでは十分ではありません。
「形を記録すること」と「機能を記録すること」の両方が大切
だと考えています。
入れ歯を長く快適に使っていただくために
BPSデンチャーは、単に特殊な材料を使った入れ歯というわけではありません。
診査、印象、顎間関係、噛み合わせ、人工歯の排列など、一つひとつの工程をシステム化し、患者さんの生体機能と調和する入れ歯を目指していく考え方です。
その最初の重要なステップの一つが、今回ご紹介したセントリックトレーによる顎間関係と咬合高径の記録です。
私自身、総入れ歯治療では、
「入れ歯が外れない」
「痛くない」
ということだけではなく、
しっかり噛めること、話しやすいこと、自然な表情をつくれること、そして長く安定して使用できること
まで考えることが大切だと思っています。
患者さん一人ひとりのお口や顎の状態は異なります。
だからこそ、決まった数字だけに当てはめるのではなく、顔貌、発音、筋肉、顎の動きなどさまざまな情報を確認しながら、その方に適した噛み合わせを探していく。
これからも一つひとつの工程を大切にしながら、患者さんに長く快適に使用していただける入れ歯治療を目指してまいります。
また、次の機会にBPSデンチャーで使用するナソメーターについてご説明します。







